2022年09月13日

仙台育英高校悲願の初優勝

 今年の全国高校野球は、仙台育英高校が東北勢として初めて全国制覇を果たし感動のうちに幕を終えた。マスコミは優勝旗が“白河の関”を越えたと、ステレオタイプでいうが、近年この高校野球、全国にスカウト網をはり巡らしているいる私立高校によるスカウト合戦が繰り広げられ、選手集めが公然と行われている。昔に言う『おらが故郷の〇〇高校』とはほど遠い。
 
 例えば、決勝戦に進んだ下関国際高校の出身選手の内訳をみると、兵庫5名・広島4名・福岡4名・大阪3名・和歌山県1名と山口県出身の選手はわずか1名と少ない。
優勝した仙台育英高校の内訳をみても、山形3名・岩手2名・青森1名・大阪1名・広島1名と、宮城出身の選手は9名。でもほとんどの生徒は付属中学と、東北地方の出身選手で占められている。何かチーム作りの根幹が、「中学校の選手に対して、情報収集できるか」に偏っている。


 また、私立高校には寮があり、専用球場や雨天練習場までも完備されている。これに対し、公立高校はグランドは他のクラブと共用。練習時間の制限もある。そんな公立高校が優秀な選手が集められ、プロのような設備のある私立高校に勝てるはずがない。


それに近年、投手の球数制限のあって、かっての太田幸司・桑田真澄などのようにエース投手一人がチームを引っ張っていくことは不可能だ。
今の高校野球は、勝つためには圧倒的な投手陣を形成しなければならない。仙台育英は部員82人中19人が投手だというのもスゴイ。また、投手陣だけでなく、いかにレギュラー選手と控えの選手の差を少なくするかということが戦力の充実の近道ということになる。
 

「見つける」「育てる」「生かす」私はこれが人材育成の要素だと考えていた。しかし「見つける」に重きがさかれ、並の選手が、指導者に叱咤・激励されながら努力を積み重ね、学習していきながら成長していく。それが高校野球の魅力ではないだろうか。


 私立と公立の差はますます開くいっぽうだ。こういったことを規制していかないと、高校野球の純粋さが失われ、一部の強豪校と言われる高校に選手が集まり、高校野球はもう高校野球でなくなる。そんな気がするのは私だけだろうか。かっての池田高校・佐賀北高校などの公立高校の暴れぶりはもう甲子園では見られないのだろうか。

過去のエントリー