2014年02月19日

41歳、葛西選手あっぱれ!!

ソチ五輪のジャンプの男子団体戦、いや、ほんと!よかった。葛西選手の大きな翼が引っ張って,若い鳥たちを遠くに飛ばしたそんな形容がピッタリの「日の丸飛行隊」の銅メダルだった。


26歳竹内拓選手は、1月のワールドカップ遠征中にぜん息の症状が出て、緊急帰国した。帰国後竹内選手が受けた診断結果は、「チャーグ・ストラウス症候群」。ぜんそくに似た初期症状を引き起こすこの病気は、死をも招くこともある難病とされている。それから1月に2週間入院し、五輪への出場も危ぶまれた。五輪には出られないのではないかという気持ちもあったが、そのなかで家族の支えや、病院の人たちの助けがあって何とか五輪に出場できた。そしてこの快挙。喜びもひとしおだったに違いない。

「同じ病気で闘病生活を送る人がたくさんいる。あきらめないで頑張ればメダルが取れるんだ、と病気で苦しむ人に伝えたい」 「この病気と闘う人が回復することを願います」竹内選手は熱のこもったメッセージを送った。


葛西選手には妹の病気、母の死、長野五輪の団体のメンバーにもれるなど苦難の日々が続いた。
「人は自分のためより、他人のためにやる方がより力がわく」葛西選手の最後の大ジャンプは竹内選手への復活の熱い思いでもあった。


16年前の長野オリンピックで団体金メダルを取って以来、低迷していた日本のジャンプ陣。かってはムササビのように大きな放物線を描いて飛ぶのがジャンプの主流だった。それが今は、水平に近くまっすぐ飛び出し、風の抵抗をできるだけ少なくするために、体とスキー板を平行にするのがベストとされている。つまり体に近い位置で飛びながら、最後に粘って飛距離を伸ばす。日本のジャンプ陣はこれに長らく対応できなかったという。


そんな中、葛西選手は踏み切りの後、素早く空中で姿勢を作る高い技術で、長らくトップ選手として活躍し、海外では「レジェンド」と評価される存在になってきた。これに引っ張られ、若い選手は伸びてきた。


また、葛西選手の身体能力は、若い選手のそれを上回る。これは自分の肉体をいじめ抜いてきた努力の賜物である。41歳で現役だっていうのはすごいが、向上心がこれまたすごい。メダルを取っても次の五輪で金メダルを目指すと言える精神力も別次元だ。


自身のラージヒルで獲得した銀メダルの時は、決して涙は見せなかった。しかし、団体で銅を取ると泣いた.「若い連中にメダルを取らせてやりたかった」悲しみにたえてきた人は人にやさしい。彼の人柄の表れた言葉だった。

「努力は決して裏切らない」あっぱれ!41歳葛西選手。

彼のラージヒルの銀メダル・団体の銅メダルに男のロマンを見た。