2013年10月22日

「海賊と呼ばれた男」を読み終えて

 いやー久しぶりに泣いた。
「海賊と呼ばれた男」を読み終えてもまだ感動の余韻に浸っている。これは出光興産の創業者である出光佐三氏をモデルにした小説だが、リアリテイがあって思わず引き込まれてしまった。
 「人は何のために働くのか」「働くとはどういうことか」を思い知らされた小説だった。


 主人公の国岡鐡造は、神戸商業高校(現神戸大学)を卒業した後、一流商社に入社する同輩にバカにされながらも、従業員3人という酒井商店に丁稚として入店した。大八車に小麦粉を積んで神戸の街で売って歩く毎日、これによって商売の何たるかを身をもって知ることになった。この頃、彼はやがて石油の時代が来ると予見していた。


 そんな中、商業高校近くに住んでいた資産家日田重太郎との運命的な出会いがある。「どんな商人になりたいのか」という問いに対し、鐡造は「中間搾取のない商いをしたい」と答える。彼の先見性や人柄に惚れた日田は、「独立したいんやろ。そんなら6千円あげる。いいかこれは貸すのではなく、あげるんや」と京都の別邸を売りはらって今では約1億円にあたるお金をくれた。


 これを資金にして、石油売買の仕事を始めた。当時石油の売買は陸では、縄張りがあり
これに縛られて自由に売れないため、海の上で漁船を待ち構えて安く石油を売った。これが海賊と言われる所以である。


 激動の時代をかいくぐって生きてゆく鐡造は、終戦を迎えても「泣き言はやめ、日本の偉大なる国民性を信じ、再建の道を進もうではないか」と檄を飛ばし、多くの企業が人員整理をする中、従業員の首を切らないことを宣言した。これは会社の最高最大の財産は社員である。という彼の考えからくるもので、タイムカードもない、出勤簿もない、労働組合もない今の企業人とは対極的な考えを持っていた。


 感動的だったのは、彼の会社の船の日章丸がイランのアバダンの港に入った時のイラン人の歓喜のシーン。また、日章丸がイギリス軍の裏をかいて無事に日章丸を日本に戻した活躍などあっという間に読み進めた。


 国岡鐡造は率先垂範姿勢でグイグイと引っ張り進めてゆくのだが、それに従う部下も凄い。
驚かされたのは、少なくとも2年はかかると言われた製油所の完成を、「十カ月で完成させろ」という命令でそれを成し遂げるところだ。
「人の心がひとつになったとき、合理や計算では考えられないことが起きる」ということを、生まれて初めて学んだような気がしていました。」と言うアメリカのポッター技師長の言葉が印象的だった。


 「海賊と呼ばれた男」こんな人が日本にいたんだ。こんな人の支えがあって今の日本があるのだ。この小説は決してフイクションではなく、むしろノンフイクションと言っていいだろう。

 国岡鐡造の生き様を知るにつけ、生きる勇気と喜びを与えられたような気がする。