2010年12月30日

タイガーマスクのクリスマスプレゼント

 年の瀬も押し迫って、何かと気ぜわしい折、心温まるニュースを耳にした。クリスマスの日、群馬県前橋市の児童相談所の前に赤い紙でラッピングされたランドセル10箱が積み上げられていた。


ランドセルは赤・黒の各5個で、1個3万円もするブランド品で総額30万円にもなるという。これに「子供たちのために使って下さい」と添え書きされていた。


差出人は「伊達直人」これは、あの伝説のヒーロー「タイガーマスク」の主人公と同名である。孤児院出身の伊達直人は、プロレスラーとして活躍し、稼いだお金の一部を施設に寄付した。寄贈者はこれにちなんだのだろう。


伊達直人は動物園のトラの檻の前でケンカしたことをきっかけで、「トラの穴」にスカウトされる。「トラの穴」は悪役プロレスラー養成機関で、ここで彼は過酷なトレーニングに耐え、悪役レスラー「タイガーマスク」としでデビユーする。


プロレスラーになってからは、貧しい孤児院の子供たちを救おうと寄付をするようになった。「トラの穴」にはファイトマネーの半分収めるという掟があった。しかし、孤児院の窮状を見るにつけ、これを救おうと掟を破り、収入のほぼ全部を寄付するようになった。これを知った「トラの穴」はタイガーマスクを裏切り者とみなし、つぎつぎと刺客を送るようになったというストーリ展開である。


孤児院「ちびっこハウス」にプレゼントを持って訪れる伊達直人、それに群がるうれしそうな子供たち。このシーンが妙に印象に残っている。その伊達直人もこの純な子供たちに恥じないレスラーになりたいと、悪役から正統派レスラーへの転身をはかる。


伊達直人の最期は悲しいものだった。世界タイトルマッチ戦に向かおうとした彼は、車に引かれそうになった子供を救おうとし、自らが犠牲となって死んでしまう。伊達直人は最後の気力を振り絞ってタイガーマスクを川に捨てたため、彼がタイガーマスクだったということは永遠に封印された。しかし、孤児院「ちびっこハウス」の子供たちは知っていた。伊達直人がタイガーマスクだったことを。


これは梶原一騎さんの原作によるものだが、「あしたのジョー」「巨人の星」といい、極貧の淵からはいずりあがってくる主人公の生き様は多くの人の心をひきつけた。当時高校生であった私は学校から帰るとテレビにかじりついて見たものである。


平和ボケと言われる日本人。この時代にスポ根もの(スポーツ根性もの)は似合わないかもしれないが、渡辺淳一さんの言う「鈍感力」でこの難局を乗り越えなければならない。


ランドセルという粋なプレゼントをした足ながおじさんのサンタクロースに「ありがとう」のメリークリスマスを贈りたい。

2010年12月15日

志望校判定Eからの合格

 今、大学の推薦入試の発表が行われている。エクシードでは、京都産業大学2名・近畿大学3名・大阪経済大学に2名が合格した。その中に、奇跡に近い結果を残した塾生がいた。


 この塾生、推薦入試直前の全国模試の結果は惨憺たるもので、結果はE判定。E判定では合格可能性ゼロに近い。その生徒が第一志望の近畿大学の合格を勝ち取った。

 
 高校3年間、クラブ活動に明け暮れ、勉強はそっちのけだった。しかし、推薦入試を前にして2か月間、決死の形相で受験勉強に取り組んだ。幸い、推薦入試の科目は英語と国語の2科目。国語は元々得意ではあったが、全国偏差は50をこえるほどのものではなかった。英語は絶望的にヒドかった。偏差値は40にも満たない。語い力はなく、文法力もまるでなかった。今でも合格したことが不思議に思えるぐらいである。
 

 しかし、この生徒、「ヤル気」だけは満々だった。勉強の仕方を教えるとその通りに真面目にコツコツとこなした。塾には毎日友人と自習に来て、受験というチャレンジを楽しんでいた。やはりライバルがいると勉強がはかどるのだろうか。「競争が人の力を最大限に引き出す」といわれるが、まさにその通りだった。
 

 そう言えば、昨年もD判定を覆し、第一志望の京都産業大学、近畿大学に進学した生徒が2名いた。その生徒は野球部のキャプテンとエースピッチャー。推薦入試を2か月後に控えた9月ごろにわが塾に入ったのだが、今からでは間に合わない、無駄だと思われるようなことでも淡々とこなした。彼らにもまたライバルの仲間がいて、競い合っていた。彼らはエクシードに入ることによって眠っていた脳を呼び起こしたのだろう。
 

 だから、私たちの担う責任も大きい。塾には、生徒が学ぶ意欲をかきたてるような学習空間がなければならない。勉強とはイヤなものである。それをやれば面白いと思わせる指導力が必要である。
 

 自分にはできると思い込むだけで潜在能力は引き出される。ある小学校で、先生が全力で50メートルを走らせタイムを計り、その後「自分はもっと速く走れる。速く走れるぞ」と言い聞かせて再度走らせると、ほとんどの生徒がタイムを縮まらせることができたという。自分の可能性を信じれば力を導き出すことができる。
 

 メジャーリーガーのイチローは、小学校6年の作文で、「プロ野球選手になる」という夢を描いている。そしてその夢を実現させるためには何が必要かを理解し、実行しているのだ。
 

 エクシードは不可能を可能にする。不可能はあきらめが作り出した幻想に過ぎない。

2010年12月01日

ゴルフのマナー

 先日、私が幹事をしている月壱会のコンペがあった。コースは、ほとんどのホールでグリーンが見えるZYOMO倶楽部上月コース。
 

 月壱会は、ゴルフのクラブなどまったく握ったことない初心者が、十数年前神戸新聞主催のゴルフ教室で出会い、そのメンバーを基に同期の会結成した。月に一度第三日曜日に開催するので名称を「月壱会」とした。コンペも今回で152回を数える。
 

 風もなく絶好のゴルフ日和、朝、8時26分にスタートした私たちの組は、それから悲惨な一日を送ることになる。前の組は、女性1名入れた4人の若者がセルフでプレーをしていた。そのマナーの悪さや最悪・最低。その一部をあげておこう。


 先行する若者の一団を引っ張っているのは、どうやら女性らしい。姿形は一人前のプロゴルファー気取り。しかし、マナーがなっていない。その日は日曜日、そのうえ月例会もありゴルフ場は大変混んでいた。速やかなプレーを心がけるのがゴルファーとしての第一の心得。この4人そんなことはお構いなしのスロープレイ。1ホールのプレーが終わっても、ボールマーク(球が落ちた際に生じるグリーン面の傷)も直さない。だからグリーンは穴ボコだらけ。次にプレーする私たちが直すことになる。


 また、打つ前の素振りがやたら多い。アドレスに入ってからも構えてからじっと考え込んだりして打つまでが長い。ショットを失敗すると、その場で首を傾げながら「おかしいなあ」と言わんばかりの素振りを繰り返す。それが実力だ。さっさと先に行け。


 たまりかねた私たちは、巡回してきた係員に注意するように告げ、係員もキャデイーの代役をするなど、はやく進める協力もしてくれた。しかし、相変わらず動作が鈍い。女性は自分の力を誇るかのようにレギュラーテイーから打っている。本人がうまいと思っているならまあそれはそれで許そう。しかし、後続が詰まっているにもかかわらず、テイーショットOBの打ち直し、カートが見えなくなり後のグループの我々が打とうとすると、急に2人が脇から飛び出してくる。


ミスショットしても、ゆっくりと歩き、速やかに足早にボールのところまで行こうとしない。おまけに腕は三流ときた。腕が悪ければ、人に迷惑かけまいと走ったり、クラブを3〜4本持ち、どの距離にも対応しようとするのが当たり前のこと。私たちも初心者の頃、とにかく後続の人に迷惑をかけないよう走り、プレーファーストを心がけたものだ。


 ゴルフというスポーツは、他のスポーツ競技とは少し違い、決められたルール以外にマナーというものがとても重要視されている。しかし、プレーに対して審判が目を光らせている訳ではなく、プレーヤー自身が、審判の役割を果たしている。自分自身で自分を管理するというルールの上に成り立っている。だから『紳士のスポーツ』と言われている。メジャーな大会ではマナー違反で退場させられることもある。


 最近では石川遼選手が注目を集め、ゴルフの「ゴ」の字も知らないような人がゴルフ場に押しかけるようになった。それにかっこ良さに憧れ、ちょっとしたゴルフブームになってきている。腕は三流、マナーも備わっていないのに姿形だけは一人前のアマチュアが多い。


 ゴルフの魅力は、仕事のことなど一切忘れて、大自然の中でゆったりとした日を過ごせること。これは建前。本音はドライバーがスカッと当たった時の爽快感。寄せワンでパーをひろった時のうれしさ。バーデイパットを決めた時のガッツポーズ。気分もスッキリ、リフレッシュできる。また、新しい仲間を作ったり、交流を深めるにもいい。何よりも年齢・体力・技量に合わせて自分のペースで楽しめるスポーツだ。私にとっては生涯スポーツでもある。


 さて、当日のコンペの結果は、私は憤ると怒りをエネルギーにして、本来の力以上のものを出すらしく、後半のラウンドは1オーバーの33で回った。そして、ベストグロスで優勝。結果は最高だが、苦々しい思いでゴルフ場を後にした。