2008年10月22日

継続は力なり

 「継続は力なり」という言葉があります。文字通り、続けることによって力は蓄積され大きくなるという意味です。生徒にたゆまぬ努力を続けよう。そうすればいずれは花咲く、自分に負けることなく頑張れという気持ちを込めてわが塾の入口付近に張られています。
 

 しかし、この言葉が思わぬ人に思わぬ影響を与えたのでした。ある日、塾を訪れた業者の一人がその文字をしげしげとながめながら、
「先生、継続は力なりというのはいい言葉ですね」と話しかけてきました。


  私は、この言葉を毎日見ているため、飽きが来てそろそろ張り出す言葉を変えようかと思った矢先のことでした。それだけにとても驚かされたのです。
「どうしてですか」と聞きかえすと、「いや、私個人的にいろいろなことがあってこの仕事やめようと思ったのですが、今ここでこの言葉を読んで、私の今までのこの仕事はどんな力を生んだのだろうかと考えさせられまして。」


 「私がこの仕事を続けてきて、先生のような方とも知り合いになりました。そんな人間的なつながりをフイにしてまでも、つくような仕事が自分にはあるのだろうかとつくづく考えさせられました。」
「私、今日は仕事をやめることを先生にお伝えにきたんですが、もう少し頑張ってみます。」
「私、継続は力なりという言葉に力をもらいました。ありがとうございました」
 

 私はこの時はじめて、この言葉に奥深さを感じ、さっそく出典を調べてみることにしました。そうするとこれは、大正時代から昭和にかけて広島で活動した住岡夜晃という人の詩の一部であることがわかりました。彼は小学校の教員を9年間務めた後、仏門に入り親鸞の教えを説くことに生涯を捧げたということでした。
       青年よ強くなれ
       牛のごとく、象のごとく、強くなれ
       真に強いとは、一道を生きぬくことである
       性格の弱さ悲しむなかれ
       性格の強さ必ずしも誇るに足らず
       「念願は人格を決定す 継続は力なり」   
       真の強さは正しい念願を貫くにある
       怒って腕力をふるうがごときは弱者の至れるものである
       悪友の誘惑によって堕落するがごときは弱者の標本である
       青年よ強くなれ 大きくなれ


 この詩の中に「継続は力なり」という言葉があったのです。
繰り返しの力が経験となり、経験が積み重なると力になる。経験が積み重なると力に深みが出てくる。この経験の量が能力の差となって現われる。


 普段何気なし使う「継続は力なり」の格言が生まれるにはこんな背景があったのです。それを知ると「継続は力なり」の言葉がますます重く思われるようになりました。
それ以来「継続は力なり」この言葉は、わが塾の座右の銘になりました。

2008年10月17日

俳優 緒方拳さんを偲んで

                   
                         風  葬
                     
                     大原野にぽつんと
                     骨・骨・骨の棲む処あり
                     やがてまもなく土になる
                     新しい男は瑞雪に覆はれ
                     モンゴルの凍った風が吹き荒ぶ中
                     素裸で髪だけ靡かせて
                     午睡する
                     其処の地をシャルエンゲル
                     黄色い斜面と呼んだ
                     太古からの習わしの野葬
                     生ある者が詣でることは決してない
                     行く時は土に還る時
                     大原野に骨・骨・骨の棲む処あり
  

 これは、先ごろ亡くなられた緒方拳さん作の「風葬」である。「土に生まれ、土に還る」は社会派俳優らしい彼の死生観を見事に表わしている。
  

 私は数多くある彼の作品のほとんどを見てきたが、「楢山節考」が一番印象に残っている。口べらしのため、年老いた母を背負って姥捨て山に捨てに行く貧しい農家の息子。母を屍転ぶ死に場に置き去りにして、去っていく背中は悲しみで震えていた。
 

 「破獄」では、何度となく脱獄を繰り返す囚人を見事に演じていた。食事に出された味噌汁を鉄格子に吹きつけ、鉄格子を腐食させている因人の恐るべき執念には驚かされた。また、「鬼畜」ではわが子を殺める非情な父を演じ、「復讐するには我にあり」では、復讐鬼と化した男を演じていた数少ない個性派俳優だった。
 

 緒方さんは生前、もみじが好きだと言われていた。もみじは色がいろいろと変わり、まるで人の生き方そのものを表わしている。特に冬のもみじがいいと言う。すべての葉が落ち、枯れ木だけのもみじには限りない愛着を感じるとか。
 

 「うまい役者」というより「いい役者」でありたいという彼の言葉にも、彼の人生観・役者観がうかがえる。死の10分前、自分の死を悟りきったかのように目をカッと開き、虚空をじっと見つめていたという。人の死はこうありたいものだ。

2008年10月06日

感動をありがとう! 清原和博選手

 プロ野球オリックスの清原選手が、23年間の現役生活にピリオドを打った。PL学園時代は1年から4番バッター、桑田とのKKコンビで5期連続の甲子園出場を果たし、甲子園では13本塁打を放ち、「怪物」と呼ばれた。私は、当時の清原が流して甲子園のライトスタンドに放り込むパワーにド肝をぬかれたものだった。
 

 しかし、その年のドラフト会議では、巨人入りを熱望していたが、裏切られて指名されず『くやし涙』、その巨人との日本シリーズでは、優勝が決まろうとする時、試合中にもかかわらず、感極まってファストベース上で『涙』、そして、引退試合での『男泣き』。彼にはいつも『涙』がついてまわったように思える。
 

 その後FAであこがれの巨人に入団、しかし太りすぎもあり、晩年はケガに悩まされ続けた。私は巨人フアンだが、正直言って清原選手には巨人に入って欲しくなかった。むしろ阪神に入って反巨人の先兵として闘って欲しかった。


 巨人に入った清原は清原らしさを失っていたように思える。事実、数字上はほとんど活躍らしい活躍はしていない。しかし、彼は記録よりも記憶に残る選手だった。「無冠の帝王」と言われながら、歴代最多のサヨナラ安打20本、サヨナラ本塁打12本を記録するなど無類の勝負強さを発揮した。  また、通算1955三振・196死四球は、あまりほめられた記録ではないが、打席を投手との決闘の場に持ち込んだ清原らしい記録であり、ある意味勲章でもある。

 
 彼の男気にほれこみ、チームの勝ち負けでなく、清原個人に挑んでいく投手も多くいた。当時近鉄の野茂、ロッテの伊良部は150キロを越す直球のみで真っ向勝負をし、息飲むシーンを多く見せてくれた。目いっぱい投球する野茂、伊良部、フルスイングする清原、まさに「これぞプロの対決!」だった。巨人在籍中の日本シリーズでは、当時西武の松坂も直球勝負を挑み、150メートルの大ホームランを打たれたことは脳裏に焼きついている。
 
  
 引退試合前、王監督から『生まれ変わったら必ず同じチームでやろう』という言葉をもらった。皮肉にもドラフト当時の指揮官が王監督であったことも何か因縁めいている。


 長渕剛は清原のトレードマークとなっている「とんぼ」を熱唱。「和博は俺の書く歌に力をもらった。やつのような強者を目指すものが聞き続けてくれたことで、『歌は力なり』を証明してもらえた。本当に感謝しているよ」と言う長渕の言葉もまた感動的だった。


 「スーパースターは人をつくる」と言われるように、引退試合には、イチローや阪神の金本選手、かっての同僚桑田など多くの友人も大阪ドームにかけつけ、彼の幅広く,深い人間関係をうかがい知ることができたた。


 王監督・野茂・桑田についで清原の引退、プロ野球の大きな支えを失ったようでさびしい限りだ。引退試合が華やかであったことが余計寂しさを感じさせる。


 そこで提案なのだが、WBCの打撃コーチかヘッドコーチに清原というのはどうだろうか。彼以上のカンフル剤は無いと思うのだが。