2008年07月29日

甲子園出場おめでとう、頑張れ!加古川北高校

 加古川北高校が第90回全国野球選手権記念西兵庫大会を制して、見事春夏を通じて初の甲子園出場を果たしました。 加古川北高校は公立高校ですが、近年着実に力をつけ、春季県大会ではベスト8に進出、本大会ではシード校とはいえ、ダークホース的な存在でした。その加古川北高校が、西兵庫88校の頂点にたったのです。

 新聞で「加古川から初の甲子園出場を」と語る監督の記事を読んだ時、このチームはやるんじゃないかという予感はありました。甲子園出場経験もある姫路工業高校の福井薫総監督が、「加古川北の監督さんは、練習試合などで会うたびにチームづくりや練習方法などについてよく質問され、その熱心さに驚かされた」と言われているのを聞いて、なるほどとうなずけるところもありました。
 
 加古川市の高校では、加古川東高校が一昨年準決勝に進出、加古川西高校は、かって決勝戦まで進むものの惜しくも敗退。加古川市の高校にとって、あと一歩まで迫りながら本当に遠い甲子園でした。それを加古川北高校が見事成し遂げてくれたのです。加古川北高校は、昨年は3回戦で育英高校に0ー1で敗れたものの、私学の強豪と五分にわたりあいチームの可能性を感じさせるチームに成長してきました。


 今年は90回記念大会で兵庫県から2校甲子園に出場できるという幸運さもありましたが、西兵庫大会では、優勝候補の選抜ベスト4の東洋大姫路、春季県大会優勝校の社高校、強豪の市川が相次いで破れる中、準々決勝では8校中7校を公立高校が占めるという公立高校の躍進が目立ちました。


 この中で加古川北高校は、チーム打率も2割台で、特に際立った選手がいるわけではないのに、試合を重ねる度に調子をあげ、接戦を制して手堅く勝ち進んできました。これは全員一丸となったチームワークの勝利であり、本当の意味で高校生らしいチームといえます。


 決勝戦では、強打の洲本高校に1点を先制されながら、ひるむことなく集中打で逆転をし、そのまま逃げ切りました。加古川北高校の選手が甲子園出場の経験もある強敵洲本高校にぶつかっていく姿は、他校の特に公立高校の生徒にも感動と、やれば出来るんだという希望を与えたに違いありません。

 加古川北高校野球部のみなさん、甲子園出場おめでとうございます。君たちは加古川27万市民の誇りです。西兵庫大会の優勝は君たちの日頃の精進の賜物です。甲子園での初戦は福島県代表の聖光学院ですが、存分の力を発揮され、甲子園で加古川北旋風を起こされんことを願っています。

2008年07月21日

ありがとう野茂英雄投手

  日本人選手の大リーグ進出の実質的なパイオニアとなった野茂英雄が現役を引退しました。トルネードと呼ばれた独特の投法でメジャーの一流選手をキリキリ舞させたあの姿がもう見られないのは寂しい限りです。


野茂は闘志をむき出しに打者に向っていくタイプの投手ではなく、表現力は決して豊かとはいえませんでした。しかし闘志を内に秘めて、黙々と投球する姿は「孤高のトルネード」と呼ばれました。持ち球は大上段から振りかざす重いストレートと、落差の大きいフォークボールの2種類だけ。これで堂々と巨体の外国人選手とわたりあったのです。


メジャーデビューした95年には13勝6敗で新人王、奪三振王のタイトルを取り、その年のオールスターゲームに先発出場しました。当時アメリカではメジャ^―リーグのストライキなどがあり、野球の人気は低迷していましたが、野茂の出現で人気も回復し「ノモマニア」と呼ばれる熱狂的なフアンも生まれました。


また彼はナショナルリーグ・アメリカンンリーグの両リーグでノーヒットノーランを達成しています。これは大リーグ史上4人目の快挙でした。ノーヒットノーランを達成して祝福するチームメイトにマウンドでもみくちゃにされながら照れくさそうに右腕をかざしている彼の姿は忘れられません。


当時のクリントン大統領は野茂を「日本の最高の輸出品」と言いました。それだけ彼の活躍は鮮烈だったのです。しかし、野茂は日本を背負ってアメリカに行ったわけではなく、一匹狼の自分の力が大リーグでどれくらい通用するのか試したかったのではないでしょうか。それは小鹿がマンモスに挑んでいくようなものであったかもしれません。しかし、負けなかったのです。それにはひたひたと生きる男の強さを感じます。


  野茂は日米合わせて201勝をあげるなどすばらし記録を残しましたが、記録以上に「記憶」に残る選手でした。今、イチローはじめ、松井、松坂など20人近い日本人メジャーリーガーが活躍していますが、その道を拓いてきたのは間違いなく彼です。彼の残してきた功績は計り知れないものがあります。私は彼の功績は「国民栄誉賞」ものだと思います。


「よく悔いがないとないと言って引退する人がいるが、自分はまだ悔いが残る。もっと野球をしていたかった」引退会見で発した彼の言葉は「ボロボロになっても納得するまで野球を続ける」という思いを遂げられなかった悔しさからくるもので、彼の生き様を表わした言葉だと言えます。


かっての一本足の王やサッカーの中田のように、まだ余力があるにもかかわらず引退する引き際の鮮やかなプレイヤーもいれば、最後の最後すり切れるまで泥臭く野球を追い求める野茂のようなプレイヤーもいます。私は野茂のような生き方が好きです。私は野茂のようにボロボロになるまで自分自身に挑んでいこうと思っています。

 
  ありがとう野茂英雄投手。今後は、あなたのような個性あふれる選手を育て、ベースボールの発展のため尽力されんことを願っています。
お疲れ様でした野茂英雄投手。

2008年07月17日

コミュニケーションは飲みにケーション

私はよく若い講師と杯を交わす機会があります。そして、飲みに飲み、語りに語ります。私にとってこの瞬間は1日の仕事が終わり、ほっと一息入れる至福の時でもあります。


江戸時代の随筆「百家説林」では、飲酒十徳として、「礼を正し、労をいとい、憂いを忘れ、欝を開き、気をめぐらし、病を避け、毒を解し、人と親しみ、縁を結い、人寿を延ぶ」と言っています。酒はストレス解消になり、酒によって円滑なコミュニケーションが図ることが出来るなど心理的な効果があることを強調しています。


「酒の中に真あり」「酒は本心をあらわす」と格言にありますが、まさにその通りだと思います。酒の席では和気あいあいとなり、一線は保っているものの、年齢や職の壁を取り払って話は大いに弾みます。酒は「明日への活力剤」であり「元気の源」です。


私はひとりで飲む湿っぽい酒よりも、仲間とワイワイ話を盛り上げながら飲む酒のほうが好きだったのです。 しかし、近年、吉幾三の「酒よ」の歌詞が心にしみわたるようになりました。
涙にはいくつもの思い出がある
心にもいくつかの傷もある
一人酒 手酌酒
演歌を聞きながら
ホロリ酒  そんな夜も
           たまにゃ なあいいさ 


若い講師とは、酒を通じて深くて濃い人間関係が築かれ、酒は彼らとのいい媒介になっています。話し合う内容はもっぱら生徒のこと。生徒のことについて熱く語る彼らの眼はらんらんと輝いています。成績があがった生徒に乾杯!それに関わった自分に乾杯!と「喜びにひたる酒」もあれば、どうしたらあの生徒の成績を上げることができるのか。どうしたらあの生徒にヤル気を出させられるのか「悩みの酒」など様々な酒がありますが、彼らとの話は尽きません。 

 
この酒によって強い絆が生まれ、私も若い人のエネルギーを吸収、注入し、それを明日への活力としています。私にとってコミュケーションはまさに飲みにケーションなのです。


かって私の元には、毎週のように飲みに行った部下がいました。酒を飲んでよく夢を語り・人生を語ったものでした。その部下が私の元を去って後、「よく飲みに連れて行かされていました」とうそぶいていることを耳にし、「酒の中に真」のない人間とは一生つき合うべきではないとつくづく思いました。


酒には不思議な魅力があります。多くの「酒縁」もでき「酒友」もできました。次の土曜日にも飲み会があります。それを楽しみにし、心浮かれながら今この原稿を書いています。

2008年07月04日

「わかるまで教える」「できるまで鍛える」

これが、『エクシードメソッド』だ!!
  また一人大躍進を遂げた生徒がでました。神吉中3年のS君はそれまで通っていた集団指導塾に見切りをつけて、5月下旬にエクシードに入ってきました。転塾前の彼の学年順位は5教科で80番。
この順位はご父兄によれば「家で勉強していないので予定通り。奮起するにはいい薬かもしれない」ということでした。
 
 エクシード入塾後、2カ月足らずで彼は、期末試験の学年順位を24番まであげました。それも数学98点、理科98点、英語91点と大奮闘し、保護者の方にも「すばらしい、びっくりしました」と言わしめたのです。 これはエクシードメソッドが実を結んだ一例です。

 エクシードでは、『今日学んだことは、その日のうちにできるようになるまで』という習得主を貫いています。これを確実に実践している生徒は、驚異的な成績の伸びを見せているのです。
 
 「学んで時に之を習う」孔子は、学んだ後に徹底して復習することにより学んだことが身につき、自分のものとなると言いました。
エクシードでは、できなかった問題をその日のうちにもう一度やり直し、自分でできるようになるまで徹底してやりなさいと指導しています。


  「わかるまでやらせ、鍛える」これは我々教える側のすべきことです。「理解したことを「できるよう」にする。これは教わる側生徒のすべきことです。この『自学自習』の習慣が身につけば、自ずと成績はあがってきます。

 
 朗報は続きます。
   宝殿中2年のK君 中間試験5教科11番→期末1番
   宝殿中学1年のT君 中間5教科80番→期末13番
   志方中学2年Aさん 中間5教科19番→期末8番
   志方中学1年Sちゃん 中間5教科44番→期末15番
   別府中学1年K君  中間5教科50番→期末30番
   別府中学2年Aさん 中間5教科90番→期末48番
   別府中学3年Oさん 中間5教科43番→期末19番
   鹿島中学3年Nさん 中間5教科90番→期末60番
 これらは決して奇跡ではありません。

 
 エクシードメソッドを身につけた生徒の躍進はまだまだ続きます
   中部中学3年Yさん、中間5教科230位→期末175位
  同じく中部中学3年Nさん、中間5教科210位→期末133位
 二人とも「信じられへん」と言いながら満面に笑みを浮かべ塾にやってきました。この2人とも入塾2カ月あまりです。

 
 科目別の結果を見れば急激にあがった生徒の例は枚挙にいとまがありませんが、一例だけ紹介します。宝殿中学3年くるみちゃん、中間理科学年130位→期末学年15位(98点)うれしそうにガチャガチャのコインを受け取っていました。
  
  生徒の成績の上下位に関係なく、成績のあがった時の生徒の喜ぶ顔を見るのが、私たちのこの上ない喜びです。私たちはこのエクシードメソッドを更に浸透・徹底させたいと思っています。