2018年12月01日

昭和のにおい漂う貴景勝の優勝

  「勝っておごらず、負けて腐らず」

 前の親方貴乃花の教えを見事に貫き、冬場所優勝した貴景勝の戦いぶりは見事だった。
 どの取組も気迫も勝って、自分の相撲を取り切っているので敗れた取組でも内容はよかった。 自分の相撲取り切っていれば、それが黒星でもやがて白星につながるいう心がけを実践しているのが素晴らしい。
 
 自分の相撲道をひたすら貫く姿勢に、忘れかかっていた「昭和のにおい」を感じとったのは私だけだろうか。


 貴景勝は、父の影響で小学校3年までは空手を習っており、全国でも準優勝する実力だった。その決勝戦での負けの理由が「反則を取られ、判定負け」で判定に納得がいかず、以後判定がある競技はやめようと相撲に転向したという。


 相撲をするためにはまず体を大きくせよ。たくさん食べろと言われた。幼少時の一食の食事量はハンバーグ3枚・牛丼特盛り3杯・牛乳2リットルなどハンパなかった。
父の課したトレーニングは、熾烈を極めるもので、練習時間は毎日6時間、後ろ向きでの坂道ダッシュ、四つ足歩行での階段昇りなどとスパルタ稽古で鍛え上げられた。まさに巨人の星の星一徹を思わせるような厳しさだった。また、低い身長であることから、これを利して相手のふところに入り突き押しに徹する戦法もこの頃教え込まれた。


 シコ名の貴景勝は貴乃花親方の”貴”と『景勝』は、『上杉景勝』から来たのだという。上杉景勝といえば豊臣秀吉に仕えた五大老の一人。謹厳実直で、なおかつ規律や権威には厳格であり、感情を表に出すことがなく、笑わない武将として有名である。
貴景勝も優勝して誰よりも感情を爆発させたかったはずだ。それでも感情を胸に秘めた姿はまさにこれからの活躍を予兆するものがある。


 その反面、母親にはメールでは
明日は勝つからみてて
育ててくれてありがとう
などと子どもらしさを垣間見せる。
優勝インタビューでは、父親に対して「立派な体の根幹を作ってくれた恩人だ」と述べているのも印象的だ。
 
 まさに「平成のヒーロー」の出現を予感させる貴景勝の優勝だった。

2018年11月28日

エクシードの教育理念

      「平凡な教師」は言って聞かせる
      「 よい教師」は説明する
      「優秀な教師」はやってみせる
       しかし「最高の教師」 は子どもの心に火をつける
                 

 これはアインシュタインの言葉である。この言葉を胸に刻みながら、われわれは日々の地域教育活動に勤しんでいる。
 最近ある人から「君の塾には塾是といわれるものはあるのか」と問われ、塾是と言われるものかどうかわからないのだが、以下の教育理念3か条を誇りをもって伝えた。


    1.地域に密着した、地域のための教育
      大手にはない、
           地域との深い絆を維持しながら、地域とともに歩む塾づくり

    2.学ぶにふさわしい心を磨く教育
      基礎・基本となる学力と学ぶ意欲をしっかりと身につけた上で、一人一人の個性に応じた
       きめ細やかな教育を行い、自立した人間の育成を図り、
                                その能力を最大限に伸ばしていく 

    3.生徒の心にエネルギーを与える教育
      生徒の心に火をつけ、生徒が主体的に学びに向かうように導く


 塾是を問うた人から、「すごいね。だから君の塾にはたくさんの生徒が集まっているんだな」とうれしい言葉をいただいた。
 

私たちは 心をこめた「あいさつ」「元気」「笑顔」で生徒に接し、生徒にプラスのエネルギーを伝えられるよう、心をこめて生徒に向き合いたい。
 
 私の家の食卓には、私の誕生日に講師から送られたコーヒーカップがある。それにも「あいさつ」「元気」「笑顔」と文字が刻まれている。私の朝はポールモーリアの音楽を聞きながら、そのコーヒーカップで一杯のコーヒーを飲むことから始まる。

2018年10月05日

「大坂なおみ死闘を制して大逆転!!」

女子テニスのチャイナオープンはシングルス準々決勝で大坂なおみは脅威の大逆転を演じベスト4に勝ち進んだ。


 この試合対戦相手は中国の張帥。世界ランクは6位の大坂の方が上だが、上海では完全アウエイ。
第一セットを3-6で落とし、涙を見せた大坂。ラケットをコートに叩きつけたりして自分へのふがいなさをあらわしたりしていたがコーチの助言を受けると、必死に冷静さを保つように努めた。
続く第二セットを6-4で取り返したものの、第3セット3-5と崖っぷちに追い込まれながら持ち前の底力を発揮し、7-5の大逆転。まさに見ていてハラハラドキドキの一戦だった。


 試合後の勝利者インタビューでは
「彼女は素晴らしい選手ですし、ここで彼女と対戦するのは簡単ではなかったです。あなたたちはラッキーですね、彼女はとてもいいプレーヤーです」と張帥と地元の中国のファンに敬意を示した。
 そして、「私は自分の取った態度(試合中に涙をみせたこと)に関してとても申し訳なく思ってます。ストレスを感じていたんです」と涙の理由を明かし、観衆に謝罪した。
 

 20歳の年齢を感じさせない彼女の観衆への気配りに驚かされた。あの全米オープンの勝利で一回りも二まわりも人間的に成長したように感じた。
 対戦相手の張帥と抱擁を交わし互いの健闘を称えあった。張帥も「おめでとう」と大坂なおみに祝福の言葉を贈った。
 

  ビーナス・ウイリアムスにも「非の打ち所がない完璧なプレー」「私にできるのは彼女に称賛を送ることだけ」と言わしめたこの大坂なおみ一体どこまで行くんだろう。楽しみがまたひとつ増えた。

2018年09月27日

体罰=暴力=悪と叫ぶマスコミにうんざり

 なぜ今、スポーツ界で騒動が起こっているのだろうか?。
今年に入ってレスリングに始まり、アメフト・ボクシング・体操と続き、テレビなどではパワハラ・パワハラと多くの意見が飛び交っている。
 

 私は、高校時代『巨人の星』を見てプロ野球選手に憧れ、大学時代『スクールウォーズ』を見て感動に心震わせ、教師を目指したものだった。


 巨人フアンの私にとっての宿敵、今は亡き星野仙一さんも大好きだった。それは熱さゆえである。あのころの人たちは星野さんの鉄拳制裁に何か言いがかりや文句をつけただろうか。それどころか「愛のムチ」と言って認めていたのではないだろうか。


 それは星野さんには選手を思う「」があり、チームを思う「熱さ」があったからではないだろうか。


 「スクールウォーズ」の中でも、一番記憶に残っているシーンは大会で大敗を喫した後のロッカールームで熱血教師がチーム全員を殴るところだ。
あの時、「悔しいです!」と泣く選手たちに、「俺が必ず勝たせてやるチームを作る。そのためにお前たちを殴る!」と言い、全員を殴り倒した。これは暴力と言えるだろうか。

 これを暴力と言える人たちは殴ったということを前面に出し、先生と選手との絆・愛などは全く見えていない。実際指導にかかわったことない評論家などの戯言に過ぎない。
体罰は悪いことは誰も分かっている。しかし、魂をこめて指導に当たる時、殴らなければならないことある。


 私は今言われている体罰指導を無くそうとする動きは否定しない。しかし、体操の宮川紗江選手が、コーチに、あれだけひっぱたかれても、それは指導の一環だと言いいきる。それは、コーチとの間には深い絆・愛情と信頼関係があったからではないか。
また宮川選手の殴られるシーンが公開されるやまたも体罰=悪という考えで、あの選手は洗脳されている」と言う人たちは、自分の常識の中でしか物事を考えることができない薄っぺらい見識の持ち主だ。


 この人たちは、『スクールウォーズ』のあの教師を前にして、体罰は暴力で悪なんだと面と向かって言えるだろうか。
これらの考えの蔓延はゆとり教育を反映したものではないだろうか。先輩や指導者それに親を敬う気持ちが薄く、熱ししやすく冷めやすく、飽きっぽい、しんどいことを避けようとする、我慢が足らない。そして自由と好き勝手を履き違えている面がある。

 そんな人たちに対し、きつい言葉も発しにくい。パワハラ・パワハラと難しい世の中になったものだ。


話を戻そう。
星野仙一さんは、「『体罰だ! いじめだ!』と言うけど、選手なんかは指導者から言われるうちが花やないか。それだけ親身になってくれているということ。このままじゃ指導者はどんどん“事なかれ主義”になっていくぞ。何かあっても『私は関係ありませ〜ん』だよ。と言われた。 
 

私ももう一度言おう。
私は子どもにとってある程度のお仕置きは必要だと思っている。私は暴力肯定論者じゃないけれど、私のこれまでの経験から痛みから生まれるエネルギーはあると信じて疑わない。

2018年08月20日

誇り高き農業と雑草魂が込められた金石農業高校校歌

金石農業高校校歌
     作詞 近藤忠義
     作曲 岡野貞一
 
       可美(うま)しき郷 我が金足
      霜しろく 土こそ凍れ

      見よ 草の芽に 日のめぐみ
      農は これたぐひなき愛
      日輪の たぐひなき愛

      おおげにや この愛
      いざやいざ 共に承(う)けて
      
      やがて来む 文化の黎明(あさけ)
      この道にわれら 拓かむ
      われら われら われら拓かむ


 格調高い歌詞とメロディーを上半身を大きく反らせて、18人の選手が甲子園で校歌を歌う姿は
 清々しくもあり凛々しい。

 これは1学年上の主将が「やるなら何でも全力でやろう」と昨夏の秋田大会から導入したということだ。
「プレーも校歌斉唱も常に全力がモットー。特別なこととは思っていない。どんな理由でも金足農に興味を持ってくれることはうれしい」と佐々木主将。
中泉監督は「昔はやらなかったが、選手たちが自発的に取り入れたのは人間として成長している証だ」と語る


  部活動より授業で育てている野菜や動物の世話を優先しなければならないこともある公立の農業高校。そんな中での甲子園出場もすごいのだが、甲子園での見事な戦いぶりにすっかり魅せられてしまった。


  戦いぶりもさることながら、校歌がいい。
作曲の岡野さんは学校唱歌「春が来た」「桃太郎」「朧月夜」など日本を代表する数々の唱歌の作曲を手がけた。作詞の近藤さんも高名な日本文学者だということだ。
 誇り高き農業と農業讃歌に聞き入ってしまった。


 ありがとう!金石農業高校
 ありがとう甲子園!
 そして、ありがとう!金石農業高校校歌

2018年08月17日

 スーパーボランテイア尾畠春夫さんが貫く信念

 山口県周防大島町で3日間行方不明だった藤本理稀(よしき)ちゃんが発見された。発見者は大分県から軽ワゴン車で駆けつけたボランテイアの尾畠春夫さんだった。
 

 この尾畠春夫さん、2016年の熊本地震や11年の東日本大震災などにもボランテイア活動に加わっていたボランテイア仲間では「伝説のボランテイア」だという。


 『お金はいるだけあったらいい。余分な金はいらない』が信条


尾畠さんのボランテイア活動費はすべて月4万5000円のわずかな年金から捻出しているというのも驚きだ。

  元々魚屋さんであった彼は65歳で店を閉め、「学歴もない自分がここまでやってこられた。皆さんのおかげだ。余生は社会に恩返しがしたい」と思いボランテイアに精を出すようになった。
 捜索中「よしくーん」という大声は、店先で鍛えたものだ。警察や消防など150人態勢での捜索が行われたものの理稀ちゃんは3日間見つからなかった。しかしその日は捜索開始から約30分で発見に至った。
 

 発見場所は、祖父が最後に「よしくん」の姿を確認した場所から約500メートル離れた。樹木がうっそうと生い茂る森の中で、足元は石だらけ。
「子どもは上に上がっていく習性があると思っていたから。だから、上がっていったらぴったり当たった」という。
2016年に大分県佐伯市で女児が行方不明になった時も捜索に参加。この時、別の男性が女の子を発見したが、それが教訓となって「捜索隊が予想しない場所をあえて探そう」という判断をしたのだという。


 「理稀くんに出会わせてくれて、元気に抱いて下りられたことが最高の幸せです」と語りながら涙ぐむ尾畠春夫はまさにスーパーボランテイアだ。
 尾畠さんは諦めかけていた母親とある話をしたという。


 「私が見つけたら、必ず私が抱きしめて、直にあなたにお渡しします。」
お母さんに理稀くんを渡した時、もうお母さん声が出なかった。あのときのうれしい顔は一生焼きついて離れない。理稀くんがどこかでまた元気で大きくなったら人の喜ぶことをしてあげてって伝えたいですね」


 人が困っていればその場に駆けつけてきたが、助ける相手側に迷惑をかけないのというのが尾畠さんの信念。
この後、ヘルメットに「絆」「朝は必ず来る」と書いた尾畠さんの姿は呉あった。そして豪雨で家屋に押し寄せた土砂の除去に陣頭指揮をしていた。

 「かけた恩は水に流せ」
 「受けた恩は石に刻め」が座右の銘


 自己完結するのが真のボランテイアだと
 実直に人の徳に信念を貫く尾畠さん
 
 人はこうありたい。つくづくそう思わされた。

2018年05月01日

「京都龍馬会」のメンバーになりました。

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 私たち高校時代の友人4人が集い、月に一度ゴルフと飲み会を行っている。これはもう10年近くにもなるだろうか。高校の同窓会で35年ぶりに会った旧友が趣味が一致したこともあって、月に一度会ゴルフをやろうじゃないかということになった。そんなら飲み会もやろうということで、ゴルフとは別の日に神戸や京都で飲んだあとカラオケを楽しんでいる。

 カラオケは「高校三年生」で始まり、「高校三年生」で締める。「高校三年生」は我らが青春の歌そのものだ。会では高校時代の話に花が咲いて、歌も高校時代の歌や故郷の兵庫出石のうたが定番で青春のノスタルジーにしたっている。


 そんな会が今回京都であり、あの池田屋事件の跡地にある居酒屋「池田屋」で飲むことにした。京都だというのに、ここのほっけは姿かたちも大きくアブラものっている絶品。これ以上のほっけは見たことも無く食べたこと無い。
このほっけ食べに訪れるのは二度目になる。いつしか我々の間では、京都といえばほっけの池田屋ということになってしまった。


 カラオケでさんざん歌いまくった後、本能寺の跡地を見学し、木屋町の商店街をぶらついていた時にふと目にしたのが「龍馬」の看板。店の名前から坂本龍馬に心酔する人かゆかりのある人がこの店を開いているんだろうなと思い、店に足を踏み入れるとビックリ。

そこはまさに龍馬ワールド。出迎えてくれた店の主人は龍馬を想わせる総髪 にはかま姿 。友近似の奥さんは着物がよく似合う京美人。また、良子という名は龍馬の妻おりょうを想わせる。店には龍馬関係の資料がズラリ。私にとってはここはまさに宝庫。更に嬉しかったのはここが「京都龍馬会」の事務局で、総髪姿のご主人は理事長だということだ。


 京都龍馬会の会員は300名以上にのぼる。会では龍馬やそれをとりまく幕末の研究しながら、セミナーを開いたり、龍馬ゆかりの地に碑を立てるなどの活動をされており、た私はすぐに会のメンバーに加えていただいた。
 

 私の学生時代は70年安保の時代。学園紛争に参加したこともあり、当時の友と夜を徹して酒を飲みながら世の中の不合理・不条理を語り、明治維新の志士を気取っていたものだ。その中で司馬遼太郎の「竜馬がゆく」を読んで、龍馬という人物を自分なりに徹底的に研究した。
 私は龍馬の好きな言葉がある。
 「事は十中八九まで自らこれを行い、
          残り一・二を他に譲りて功をなさむべし」

 事をなすには自分で8割をこなし、後の2割は他人にゆずってこそ大きな成功は収められるということだと自分なりに解釈しているのだが、この言葉まさに龍馬の生き様を語ったものだと思う。
 

 ペリー来航に衝撃を受けた彼は「このままの日本ではダメだ」と立ちあがり、幕府を倒して、天皇中心の国家の樹立の必要性を痛感し、新しい日本を切り開くため、命がけで改革をすすめ大政奉還という大変革を日本にもたらした。


 目を世界に向けながら、一度も海外に踏み入れることも無く、志半ばで暗殺されてしまった。
龍馬がもし生きていれば、どんな明治維新になっていただろう。彼の言動からすれば、自らは決して政府の一員に加わらなかっただろうし、国を挙げての公武合体の考えから将軍慶喜をも新政府に加えようとしたにちがいないと思うのだが‥‥


「竜馬が行く」はこれまで11回読み返したが、もう一度読み返してみよう。そして「龍馬」で酒を飲みながら坂本龍馬をみんなと語ろう。また、京都に行く楽しみが一つ増えた。 

2018年04月02日

東京デイズニーシーに行ってきました

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 わが塾では毎年中3生が受験を終えると、その慰労もあって東京デイズニーリゾート旅行を行っている。この旅行は開塾以来ずっと続いている恒例のイベントでもある。
 

私は昨年不覚にも脳梗塞を発症し、この旅行には参加できなかった。そのこともあってまだ足の痺れなどの後遺症はあるものの、何とか今年は参加することにした。それは生徒の喜ぶ顔を見て癒されること。そしてそんな生徒とのコミュニケーションをより深めるいい機会だからだ。


しかし、貸切のバスは満席で乗れることもできず、新幹線でデイズニーシーにむかった。
デイズニーシーの入り口で生徒達と合流し、さあ入場だと思った時、一人の女子生徒がベソをかいている。なんでも手にした入場券が風に舞ってどこかに飛んでいったということだ。しかたないから追加の入場券を購入し、落とした事情を係員に説明し全員が入場を果たした。

係員によれば拾得した人がいれば、総合案内に届くはずだと言う。まず、届くことなどありえないとあきらめきっていた私たちだが、なんと30分後には失くしたはずの入場券が届けられていたのだ。
私は日本人(届け手くれた人は日本の方)のモラルの高さに感動してしまった。そして日本人の一員である自分を我ながら誇れるものがあった。


そんな気持ちの高ぶりもあってデイズニーシーを満喫できた。園内で多くの塾生と会い食事をし、また多くのアトラクションに乗って久しぶりに童心に返った。メリーゴランド・コーヒーカップなどからレイジングスピリッツなどの絶叫マシンにも乗って心地いい疲れによいしたった。園内を一緒に回った生徒と講師や途中で出会った生徒ともたくさんの写真を撮り、携帯の中はその写真でまさにワンダーランド。


あるアトラクションでは、外国人グループに話しかけられ、英語で会話に応じている講師に頼もしさを感じ、私も中に入ってつたない英語で話しに応じ、大盛り上がり、最後はみんなで記念写真を撮った。
デイズニーはいい。まったく見識の無かった人でもすぐに仲間のように話せる。私も転んだ幼児をすぐにおこし、頭をなでた。傍らの両親はうれしそうに頭をさげた。そんなコミュニケーションを普通のようにとれるデイズニーはいい。


ここに来ると日常を忘れさせてくれ、子どもだけでなく大人までもが楽しめる工夫がなされている。ミッキーが手を振ると同じように手を振って応え、ダンスをすると同じようにダンスをする。それがごく自然のように。


また、ただ単にお客さんに園内を歩かせるのでなく、ワクワクさせる工夫がなされており、所々に隠れミッキーがおり、それを探すのも楽しい。
スタッフもよく鍛えられており、特に掃除は行き届いている。ゴミを見かけることはほとんどない。われわれが落としたポップコーンもものの1分もしなううちに無くなっていた。


最後の「炎と水の水上ショー」にもど肝をぬかれた。ショーの仕掛けとスケールの大きさ。そしてこれでもか、これでもかと打ち上げられる花火の華やかさと鮮やかさ。


 来年も来るぞ!そのため一年間頑張るぞ!

 そう心に叫んで私のワンダーランド・デイズニーシーの一日は終わった。

2018年03月26日

卒業生に送る言葉

毎年多くの卒業生に贈る言葉を求められるのだが、今年は次の言葉を贈る
ことにした。


必死に生きてこそ、キミの人生は光を放ち

努力のうえに君の花は咲く 


  道は自分でつくるもの
   道は自分で開くもの
   人の作ったものは
   けっして自分の道にはならない
 

 1でなく、オンリーワンになろう。
 YOU CAN DO IT
          〔きみならできる〕

2018年01月25日

ほほえましい光景

 毎朝8時ごろ、住まいのマンションの玄関近く、高校に登校する女生徒と母親の姿を見ることがある。二人はまるで姉妹のように弾んだ声で話をしながら、母親は手をふって「いってらっしゃい」と娘を送り出し、娘が「行ってきます」とマンションをあとにする。

母親は娘が通りの角を回り後ろ姿が見えなくなるまでじっと見送っているのだ。なんともほほえましい光景じゃないか。


 いつしか私はこの二人に朝会うことが楽しみになってきた。母親と娘さんの「おはようございます」ハキハキとしたあいさつを耳にするのも心地よい。何かこちらも朝から元気をいただいたようですがすがしい気持ちになる。この二人からはほのぼのとした家庭の様子が思い浮かばれる。


 今、日本では「道しるべのない時代」「しらけの時代」を向かえている。マンションの住人であってもあいさつさえしない人もいる。「無機質な時代」と言えばそうかもしれないが、人と人とのつながりが希薄である。そのなかにあってこの親子にはいっぷくの安らぎを感じる。


 私たちは自分の心を高めるために何をすればいいのだろう。とりあえず私は働こう。仕事に真正面から向き合い、一生懸命働くことで心を鍛えよう。

 私は子どもたちに
心の備わっていないものに真の学力など身につくはずもない。
学ぶものにふさわしい心を磨こう。

と訴えてきた。その教えがだんだんと実を結び、すばらしい学習空間が形成され、すばらしい学習成果も出てきている。


 でも、まだまだ。初老の体にムチうって『生涯現役』子どもたちの指導にかかわっていきたいと思っている。