2017年11月17日

うれしい知らせ 

 先日、うれしい知らせを受けた。元塾生でもあり、学生時代、わが塾の講師として勤しんでくれていた女性がひよっこり手みやげをもって塾に現れた。彼女は教員採用試験に合格したという吉報を持ってきてくれたのだが、なぜかもじもじしている。

その女性の手招きを受けて一人の男性が現れた。それを見てまたビックリ。彼もわが塾でのかっての講師であり、今は小学校の教員ををしている。二人は大安の日の今日入籍をすませたのだという。
 

 この二人、かって講師であった時、熱心に塾生の指導にあたってくれ、とても人気があった。だから彼らこそ教員になるには最適の人物だと思っていたのだが、二人とも最初の教員採用試験には合格できなかった。だが、常勤講師をしながら二度目の採用試験で合格を勝ち取った。


 この経験は、後々の教員生活で生きてくるのではないだろうか。人生はそうすんなりといくものではない。つまずきを経験したことにより、教員という仕事を見つめなおし、先生になるのだという気持ちはますます膨らんで、それが大きな肥やしになったに違いない。
 
 子どもたちにも気落ちせずに頑張れば、結果は必ずついてくるということを身をもって伝えることができる。ある意味貴重な経験だったろう。特に女性は、特別支援の教職の資格をとるためわざわざ大学院まで進んだ。その熱い思いが通じたのだと思うとこれ以上の喜びはなかった。
 

 今、学校は完全なブラック職場で、小学校教員の3人に1人が「過労死ライン」(月30時間の残業)を超える長時間労働を強いられている。その中に飛び込んでいる若いカップルに頑張れとエールを贈りたい。
 

 私の家には彼女がバレンタインデーに手作りチョコにそえ、「いつもお世話になっています」と私にあてたメッセージが、かわいらしい女の子の絵とともに残されている。

2017年09月28日

魔法の言葉

 先日、保護者の方から電話を頂いた。今日授業担当の講師へお礼の言葉を伝えたいとのことだっ
 た。
 何でも授業を受けた子どもさんが、嬉々として帰宅し、「今日の授業めっちゃようわかった。授業内
 容忘れんうちに、今から図書館に行って勉強してくるわ」と出かけていったという。


 この生徒、口数も少なく、あまり感情をあらわさないタイプの子だけに、子どものあまりの変貌ぶり
 に大いに驚いた母親だった。 

母親によればその講師が、宿題点検する前に「どこかわからなかったところなかった?」と声をかけてくれ、
「わからんとこどんどん質問しーよ。」
「わからんことは恥じゃないよ。わからんとこほっておいたら積み残しが増えるだけやん」
「だから遠慮せんとどんどん質問しいや」


  その言葉が俄然子どもさんのやる気を促したと言う。われわれからすれば、子どもたちにいつも
発している言葉で特にお礼を言われほどの言葉ではない。しかし、その生徒にとって
  はその言葉が自分を変える“魔法の言葉”だったのかもしれない。


  私たちは子どもたちの心に響く“魔法の言葉”を発することで、子どもたちが動き始め、手
 が届かないと思っていた大きな願望や夢に立ち向かおうとする。


  “魔法の言葉”は日常の何気ない言葉の中にもあるのだということを知らされ、
 言葉の持つ重さを知らされ、改めて大きな役割を担った仕事についているのだと思わされた一本
 の電話だった。

2017年08月26日

公立の雄、大阪の大冠高校

 埼玉の花咲徳栄高校の優勝に終わり、広陵高校の中村奨成選手の大会新記録の6本塁打にわいた今年の甲子園だったが、その甲子園にほんのわずか届かずに涙をのんだ高校があった。


 その一つが、大阪の大冠高校。名前から私立高校かな思ったのだが、何と高槻市にある公立高校だという。ユニフォームは上から下までまっ白。左胸に黒い文字で縦大きく「大冠(おおかんむり)」と書かれている。これは、7年前に私立高校に敗れ、「初心に帰るため」と全身白に統一した。


この高校が大阪大会の決勝戦まで進出し、春のセンバツの優勝校、大阪桐蔭と対戦した。
公立高校であるため、練習時間は3時間半。他の部と共用のグラウンドでは、週2回程度しかフリー打撃をできないため午前6時半からの朝練を実施した。

 
 「大阪で勝つには打つしかない」就任21年目の東山宏司監督(55)の練習の7割はバッテイング練習に費やした。

 大冠には”10種類の素振り”というメニューがある。これは10種それぞれに体重移動やインサイドアウトのスイング軌道など、目的を定めてスイングする練習だ。

 バットも長尺、短尺、打ち込み用の重量バット(金属)、鉄のバット、さらに不要になったバットに針金を巻きつけたものなど、何種類かのバットを使い分けながら、平日は1000本、土日は2000本の素振りを続けてきた。


 「ストライクは全て振れ」
これはかって甲子園を騒がせた池田高校の蔦監督を彷彿とさせるものがある。
 試合は終盤まで1点を争う展開となったが、大阪桐蔭が底力を見せつけ、8回裏に5点を挙げて10対4と一気にリードを広げた。

 スタンドの観客も「ここまでか……」と思った。しかし、大冠の選手たちには誰ひとりとして試合をあきらめる者はいなかった。6点を追う9回連打を重ね4得点をあげ猛追したが、あと一歩及ばなかった。


 しかし、プロ注目の選手がいるわけでもない大冠高校の13安打8得点はセンバツ王者に引けを取らない打力だった。
 今回のレギュラーメンバーを見ても、大半は中学校の野球部に所属していた軟式出身者。
 エースの丸山選手は中学時代は一塁手兼投手の選手だった。東山監督が振り返る。
「いい選手はあちこちの私学に誘われて、丸山は言わば残っていた子。その丸山がこれだけ投げてくれた。ここまでの高校2年半でこの成長は本当に嬉しい」


 「バッティングを掲げてきたウチの野球はできました。ただ、結果として甲子園に連れて行ってやれなかった。気持ちのある子がそろったチームで、厳しい練習にもついてきてくれた。私に力があれば、勝ち切れたかもしれなかったのに……」
日差しに照らされ続けてきた東山宏司監督の褐色の肌が、これまでの長い道のりを物語っている。


 「悔しさは全然ない。全力でやり切った」
 大阪桐蔭とガチで打撃戦をした、府立大冠無理高校の選手のさわやかな声が耳朶の底に今も響いている。

2017年08月24日

機内で熱唱!松山千春

 「いったい、いつになったら飛ぶんだ…」。保安検査所の混雑で1時間以上出発が遅れ、乗客のイライラが最高潮に達した新千歳空港の機内に、あの松山千春の伸びやかな歌声が響いた。


 松山千春はこの便に偶然搭乗しており、機内の険悪な空気をすこしでも和らげようと自分から乗員に申し出たのだという。このサプライズに、乗客は大喜び。
松山千春もすごいけれど、それを許可した航空会社もまたすごい。


 普通、セキュリテイ上認められない行いだろうが、機長の粋な計らいで歌うことが許された。
 松山千春は自己紹介の後、、キャビンアテンダントが使用する受話器型のマイクを手に「滅多にこんな事はないんです。皆さん頑張ってますから、もう少しお待ち下さい」などと語りかけ、機内の乗客のため「大空と大地の中で」のワンフレーズを歌った。


 最後に、あの独特のトーンで「皆さんのご旅行が、またこれからの人生が素晴らしいことをお祈りします。もう少しお待ち下さい」と、機長やキャビンアテンダントに代わって謝罪した。
この神対応に、乗客からは拍手が起き、ムードが一変。彼がマイクを取ったわずか2〜3分で機内の空気は穏やかになったという。


 乗客の一人は「歌が終わると、機内は拍手と歓声に満ち溢れ、遅延していることへのいらだちなど 吹っ飛んで行きました。松山さんの粋な計らいのおかげで、『松山千春さんも待っているのだから』という気持ちになり、旅の最高のエンディングにもなりました」


 航空会社によれば、歌手が機内で歌ったというのは聞いたことがない。まれなケースだとのこと。
松山千春も「歌い出して40年たつけど、CAのマイクで歌ったのは初めて。出しゃばったことしちゃったけど、『何とかしないと』と思った。機長さんもよく許してくれたと思う」とラジオ番組で話した。

 私は松山千春の曲が大好きで、カラオケでもよく歌う。特に「大空と大地の中で」や「窓」を歌う時は特に気持ちが入る。

 あの風貌と間逆のすばらしい感性と心意気に酔いしれながら。今日も気持ちを込めて歌おうか。

 「いつの日か 幸せを 自分の腕でつかむよう」


2017年08月18日

故郷、出石での”炎”の学習合宿

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今年初めて、中3生徒の学習合宿を実施した。これは夏休みの集中的な学習を通じて、学力の向上や、学習意欲を高め、自主的に学習に取り組む習慣をつけること。集団行動を通じて受験生として進路の意識を高めることを目的として行ったもので、塾生には3日間で24時間の勉強を課した。
場所は私の故郷の豊岡市出石町にある「一輪亭」。


 この「一輪亭」は民家を改造したもので宿泊することもできた。。友人がそこの世話役をしており、高校の同窓会で使用したこともあった。そんなことから私は塾生をここに連れてきて、山の中の自然に触れながら勉強に集中させようと考え総勢72名で奥山と呼ばれる地域で合宿することにした。


 奥山には、住人は7名だとか。男子生徒が宿泊した公民館の隣には朽ち果てた廃屋があった。その廃屋は屋根は一部崩落しているものの表札や洗濯機、物干しさおなどそのままに残されており、外からわずかに見える家の中は昔私が住んでいた家そのものだった。驚いたことに、元の住民が鉢植えで栽培していたであろうプチトマトは赤い実をつけており、私はそのひとつを口の中に入れた。


 合宿では生徒に厳しさを求めた。テストが合格点に達しないと合格するまで再テストを繰り返した。はじめは合格点に達しない生徒が多かったのだが、だんだんとその数は減っていった。でも生徒の中には、午前0時に再試験を受けた者もいた。「教育とは意識づけだ」と信じて疑わない私だが、生徒はよくそれを実践したと思う。


 2日目の朝、5時前に目覚めた私が散歩に出かけようとすると、2人の女子生徒が玄関に立っていた。何でも5時に再試験をするから宿泊所に来いとのことだったが、それを言った講師はいない。どうしようかと困り果てていたのだと言う。そこで私が代わりに即席テストを行い、2人とも合格した。そのときの2人のうれしそうな顔といったら。
昼食は出石そばの食べ放題。地域の人が総出でもてなしていただいた。女の子があまり食べなくたくさんあまってしまったことが残念。でも、どの生徒もおいしい、おいしいと食べてくれたことがうれしかった。


 最終日は合宿で皆が楽しみにしていたバーベーキュー。玉ねぎ・ピーマンなど地元の野菜などに加え但馬牛やマスなどの魚もおいしかった。台風通過の雨の中勉強を終えた生徒がはちきれんばかりのにぎやかさ。その熱気からか雨も去り、メインイベントのスイカ割り。生徒の大きな歓声が山中に響き渡った。
帰りにはおにぎりなどいただいてバス乗ると爆睡。なんとも心地いい疲れだった。


 帰ってから生徒が書いた合宿の感想文を読むと、うれしい言葉が多く見られた。

 夏合宿では、長時間勉強しました。最後にテストがあると思うと、がんばろうと思いました。すごく集 中できたし、いままで難しいと思っていた問題を解けるようになりうれしかったです。食事の時とか、寝る時とかいろんな子と仲良くなれたし、BBQとかスイカ割では、全員で思いっきり笑って楽しめた なと思いました。


 合宿はとても疲れたけれども、とてもいい3日間でした。塾長から「今年の3年は受験の意識が低すぎる」と言われ、自分もそう思いました。合宿ではやさしい民家の方に勉強をする環境をつくって いただき、今まで以上にとても勉強しました。そのおかげで苦手だった一次関数ができるようになり ました。食事は毎回お腹いっぽいになるほど食べました。とくにバーベキュの肉はとてもおいしかっ たです。

 
 はじめは友達できるかな、勉強についていけるかなと不安なこともありましたが、合宿が始まり 友
だちもたくさんできて、不安なことはなくなりました。Aクラスだと言われた時は、ついていける自信がなかったのですが、先生方がわかるまで教えてくださり、わからなかった関数の面積も求めることができるようになりました。
  
 合宿は3日と短い間でしたが、私は人間として成長したように思います。この合 宿に参加して本当によかったと思いました。

 最初は友たちがいなくて合宿に行くのが不安でしたが、でも行ってみると友だちができてすごく楽し い合宿になりました。この合宿で覚えてことを塾でも学校でも生かしていきたいです。


 今生徒は真ん中に「感謝」と書いた色紙に、それぞれの思いを書いている。色 紙は合宿をした「一輪亭」に送るもの。

 来年も出石に行こう。そう思った私でした。

2017年06月01日

藍ちゃん引退さびしいな

 宮里藍ちゃんが現役引退を表明した。髪を一つに結び、サッパリとした表情で会見場に臨んだ。その表情には人知れない苦悩から解放され、やりきったようなさわやかさがあった。


「自信がもてなくなった」「モチベーション保てなくなったと」というのが引退理由だという。1メートル55センチという小柄ながら、「強い気持ちで」戦いアメリカでも活躍し、ランキングは世界のトップになった。


 高校在学中で日本ツアー優勝するなどゴルフ界に旋風を巻き起こした。今の女子ゴルフブームの先鞭をつけたのは間違いなく彼女だ。
彼女の残した戦績がすごいことは言うまでもないが、人としても超一流だった。だからこそみんなに好かれ、フアンも多かった。
 

 30歳を過ぎた女性に「藍ちゃん」と呼ぶのは失礼かも知れないが、何か「藍ちゃん」と呼ぶのが一番ふさわしい。「何事もトップに、そして愛らしく、知的でさわやかな子になるように」との意味を込めて藍と名付けられたという。その名通りの人生を歩んできた。

 世界で活躍できた要因は?と問われ、 
「自分自身と向き合えたこと。米ツアーで小柄な方で、パワーもない。でもショットの精度と小技で勝負するところにメンタルトレーニングも加わって、そこが土台となって戦えた。そこがゴルフの良いところ。自分自身をコントロールして、自分のゴルフを信じることができた」


 私は藍ちゃんのはじけるような、清々しい笑顔がとても好きだった。笑顔を見ていると何か希望がわくような気がしたものだ。彼女から「やればできる」を教わったような気がするのは私だけだろうか。

 
 藍ちゃんの魅力は、「謙虚さ」だと思う。明るさの中に潜んだ冷静沈着なプレースタイルに魅せられたものだ。

 意志あるところに道は開かれる。藍ちゃんの座右の銘としてきた言葉だ。引退会見では自分で出した答えに、悔いる様子も全くなかった。「とにかく残りの試合に全力を注ぎたい。終わった後は少し休みたいです。ゴルフを通じて人生が豊かになった」。


 藍ちゃんは最後まで、清々しかった。
 そして最後に「これ以上ないゴルフ人生でした」と締めくくった。
 残念だけれど、ありがとう藍ちゃん。
 おつかれさま藍ちゃん。
 
 私の中の楽しみがまた一つ消えた。

2017年03月21日

武井壮から学ぶ

 アスリートタレントの武井壮(43)が、韓国の大邱(テグ)で開催されている『世界マスターズ室内陸上競技大会』で、室内陸上の60メートル走(M40クラス/男子40〜44歳)に出場し、世界5位に入賞した。

 
 武井の目標は「毎日成長すること」。すべての仕事が終わった後に
 “1時間のトレーニング”
 “1時間のなんらかの技術練習”
 “1時間知らないことを勉強する”

 の3つは欠かさない。
 どんなに忙しくても「毎日1時間の努力で世界とも勝負できるんだ」というのが武井壮の信念という。


  武井壮は、東京のスポーツ強豪校・私立修徳中学・高校に在籍。その6年間ずっと中間・期末テスト、全部学年トップだった。しかも「6年間通って学費は1円も払わず、100万円ぐらいもらって通っていたという。
 
 「うちの学校は成績がトップだと学費も入学金も全部タダになるんですよ。しかも1番だと月に1万何千円か、学校から教科書代みたいな、参考書代みたいな奨学金がもらえるんです」。
と武井は言う。


  大学時代、十種競技の日本選手権で優勝する実力者だったことはよく知られているが、本格的に陸上を始めたのは神戸学院大学に進学してから。
 陸上を始めるきっかけをつくったのは、友人。その友人は中学時代に100メートルを10秒台で走っていた陸上界のエリート。その彼がスポーツテストで抜群の成績を出す武井を見て、陸上部に誘ったのだという。
 

 大学では野球かアメリカンフットボールか柔道をやろうと思っていた武井は、彼の一言で陸上部に入部。いきなりの100メートル走のデビュー戦で友人のベストタイムと同じ10秒9をだした。武井の持つ十種競技の100メートル10秒54はいまも破られていない日本記録となっている。
 人並み以上の力をつけ、人並み以上の力を蓄えるのには、人並み以上の努力が必要だ。私はよく生徒に、努力とは人がしないことをすること。結果の出ない努力は努力ではない。結果が出てこその努力だ。と常づね言ってきた。


次の言葉を贈ろう。

 石の上にも三年という。
   しかし、三年を一年で習得する努力を怠ってはならない。 (松下幸之助)                                       
 努力は必ず報われる。
   もし報われない努力があるのならば、それはまだ努力と呼べない。(王貞治)  

2017年03月04日

うれしい手紙と不合格者に贈る言葉

 塾長へ
  推薦入試合格しました。
  なにもかも塾長のおかげです。
  面接から小論文まですべてしていただいて、ほんとうにありがとうございました。
  塾長は私にとって神様です(笑い)
  エクシードに通ってほんとよかったです。        
 

 塾長へ
  2年間ありがとうございました。
  塾長のおかげで第一志望校に合格することができました。
  成績が伸び悩んだ時も支えてくれてありがとうございました。
  私はエクシード生でよかったです。

 
 これは高校の推薦入試に合格した生徒から手渡されたうれしい手紙だ。これには私の似顔絵や手づくりのチョコレートなどが添えられていた。
 しかし、一方では合格できなかった生徒もいた。でも、「塾長ダメでした」と言いに来てくれる。そんな生徒には、結構な「大人力」が試される。
  
 「悔しいだろうけれども、何も不合格者が敗者になるわけではない。この悔しい経験は誰
  でもできるものではない。このくやしさは君の大きな財産になる。それをエネルギーにし
  てリベンジだ。」
 と私は伝えることにしている。
 

 合格した生徒の声を聞くはこのうえない喜びだが、不合格にも関わらず、わざわざ言いに来てくれる生徒の気持ちもうれしいものがある。
 
 人間、どんなにベストを尽くしても、いい結果か出るとは限らない。これは天から与えられた試練だ。試練を乗り越えて大きな人間になれ。入試は合否が発表されておしまいではない。
 それからの3年間の高校生活の過ごし方が大切なのだ。
 
 君のゴールは高校入試の合否ではない。踏まれてもけられても這い上がってこい。

 いいんだよ。泣きたいときは泣け。
                   でも大切なのは、泣き終わった後のお前が取る行動だ。
           GACKTの言葉を贈ろう

2017年01月16日

「支え」「責任」「覚悟」

箱根駅伝で3連覇し、そのユニークな指導法で脚光を浴びている青山学院陸上競技部監督原晋氏の成人式でのメッセージの一部を紹介します。
 

 私も、今こんにちは箱根駅伝3連覇、3冠の駅伝監督となり、少しだけちやほやされていますが、現役時代はそんなに立派な男ではありませんでした。実業団選手としては5年でクビを宣告された男です。箱根駅伝も私は走ったことはありません。指導者実績も全くありませんでした。サラリーマンだった中国電力時代も約300人の同期入社の一番底辺にいた男でした。


 しかし、ある日、ふと思ったのです。人を恨んだり、ねたんだり、憎んだりしても仕方がないのだと。前向きにチャレンジしていくからこそ未来が開けるものなのだと、そういうふうに思いました。
 常に今与えられたものに対して精一杯努力して、今できることの理屈を考えながら、半歩ずつ努力を積み重ねてきたところなのです。ここに参加されている全員が努力したからといって夢開くものでは決してないと思います。しかし、努力をやめた瞬間に自分の夢は立ち消えます。どんな小さな努力でもいいですから、自分の夢を忘れることなく精一杯夢に向かってチャレンジしていだだきたいと思います。


 最後に、皆さんを支えるための、皆さんが成長するための3つのキーワードについてお話しして締めくくりたいと思います。

     「支え」「責任」「覚悟」です。

これまで多くの人に支えられたと思います。これからも社会が君たちを支えていきます。しかし、一歩ずつ半歩ずつ成長していく中で、今度は君たちが社会を支えていくように努力をして下さい。そして責任です。何も最初から大きな責任を抱え込む必要はありません。今できるほんの些細なことに対して責任を持って努力をしていって下さい。そして最後に覚悟です。何をするにも覚悟を持って挑戦していけば、できるできないは別として“ここまで俺はやったのだ”ということが、自分自身へのご褒美に変わってくるのだと思います。

 

2017年01月08日

「1年の計は元旦にあり」

 この言葉はまず計画を立て、実行せよ。1年の計画は年の初めに立てるべきであるということをいうものです。
 
 正しくは「一日(いちじつ)の計は朝(あした)にあり、一年の計は元旦にあり」と言います。


 勉強において、最初に計画を立てることは重要なことです。
 まず計画を立てる(PLAN)⇒実行する(DO)⇒評価する(CHECK)⇒改善する(ACTINO)
このPDCAサイクルをまわすことで、スムーズに進めることができます。
 

 自分のたてた目標を「達成するぞ!」と強い気持ちを持って出発し、ぜひ皆さんの目標を達成して欲しいものです。
    

   目標がその日その日を支配する(後藤静香)
 横浜高校野球部元監督の渡辺元智さんが座右の銘としていたこの言葉。ソフトバンクの松坂投手もこの言葉を支えとしていました。
 

  目標は誰でも立てることはできます。しかし目標を見返すこともなければ、見直すこともない。それでは目標を立てた意味がありません。 
覚悟をもって取り組むことです。自分なりに目標を設定し、覚悟が決まればその日に行う勉強の内容も違ってくる。成功している人は明確な目標を持ち、目標を達成しようと死にもの狂いでつき進んでいます。 
 

  鳥のように自由に空を飛びたいなんていうのは勝手だけど、
    鳥が飛ぶためには何万回翼を動かしているか、よく見てごらん。
                       (北野 武)
この言葉は「努力なしに手に入れられるものはない」という意味だと思うのですが、
自分をもう一つ上のステージに上げるのは目標と努力です。 
「目標」と「努力」この2つの言葉を胸に刻んで2017年頑張りましょう。