2009年01月17日

『負けてたまるか!』―画用紙に描いた命の記録

 涙が止まりませんでした。11月深夜に偶然見たドキュメンタリー番組「負けてたまるか!」それは本田紘輝少年の壮絶なる病との闘いの2年間の記録でした。

 
 本田紘輝君。彼は7歳の時、170万人に一人といわれる脳腫瘍に犯され余命6ヵ月と診断されましたが、それから4年間生き続けました。抗がん剤治療に放射線治療、心身ともまさに限界状態にあったのですが、紘輝君は好きな絵をひたすら描き続けました。その絵は、黄色や赤色を基調としたカラフルな抽象画で、まさに『絵の神様が降りてきた』と言える力作でした。


 病室で震える手で渾身の力を込めて書いた作品には鬼気迫るものがありました。「炎のリュウ」これには、紘輝君の強くなりたいそんな思いが込められているようでした。「いのり」には絶対病気を治してみせるという生に対する強い執着がうかがえました。「ママ」からは大好きな母への暖かい思いが伝わってきました。


 彼の作品はコンピューター処理され、CGコンテストに出品され、見事CGグランプリに選出されました。病床でグランプリ受賞の知らせにも紘輝君は「そう」と答えるだけ。彼にとって絵を書くことは、魂を描くこと。賞などいっさい眼中になかったのです。


 この受賞を境に、移植の副作用などで体力は衰え、悲しい運命を享受しなければなりませんでした。12歳の誕生日の時、病床でつぶやいた「人生は終わった後、どうなるんだろう」という言葉は印象的でした。

 
 2007年12月28日、紘輝君は大好きなお母さんの胸に抱かれてその幼い生涯を閉じました。
彼が描いた絵の中で、強烈な衝撃を受けた絵があります。「負ケテタマルカ!!」絶望の淵から自分の励みにしていた言葉でもあり、自らを奮い立たせる叫びでもありました。 
 紘輝君は天路の果てに駆け上がっていきましたが、彼の絵は生き続けています。彼のお父さんとお母さんが経営する居酒屋の中で、感動・勇気をもらったみんなの心の中で‥‥。

 
 ドキュメンタリー番組「負けてたまるか!」はこうしめくくっています。
紘輝君が残した絵には,12年間の人生を全力で生き抜いた少年の「熱いエール」が込められていると。

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